・:*:・・:風の吹くまま気の向くまま in NZ:・:*:・

2005年11月から2006年7月ののんびりNZ暮らしの記録です。

2007年01月

上を目指せ!

さて、それでは町外れの丘にあるあのタワーに登ってみるとしますか。
あのタワーに登るためにはまずはタワーのある丘に登らなければならない。
車だとすいすいすい?っと登れちゃう程度の丘だけど徒歩となると覚悟がいる。
そんな時の強い味方、それがこのエレベーター。
まるで江の島のエスカだ(笑)

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右はそのエレベーターの看板。
そして左に半分見えているのがその入口。
これはマオリのマラエ(集会場)のような門構え。

パワーのある方は張り切って階段を登って行きましょう!
ちなみに登ったこともある。
但し当時身体が重くなりすぎていた私、遊びに来ていた妹に
バッグを持たせた上に背中を押してもらって
ぜぇぜぇ言いながら登ったのだった・・・。あはは(^^;)

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今回はこの階段を横目でチラ見し、そのままマラエもどきの入口へ。
数十メートルでトンネルの入口に辿り着く。
左側に施された彫刻もマオリのもの。

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入口を入ると、真っ白な長?い廊下。
これ誰もいないとかなり怖い・・・。
遥か先に見えてもいないがエレベーターがあるはず。

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おお、あったあった。
何だ、このオモチャみたいな空間は?
エレベータは左横の赤い扉の方です。

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奥に"RING BELL"って書いてあるの読める?
要するにベルを押さないとエレベータは降りてこないのだ。
ってことはつまりこれ手動なわけ。
いえ、ベルと連動して自動で降りてくるんじゃないのよ。
待つことしばし、下りて来たエレベータにはまだ10代くらいの女の子が1人。
そうそう、エレベーターガールよ(笑)

ま、ニコリともせず旧式のエレベータを動かすだけなんだけど。
もちろん、「上へ参ります。」の独特なアナウンスもなし(笑)

たいしてなさそうな距離をのんびりと時間をかけてようやく頂上へ。
その出口がここ。

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何というか、ほんとオモチャみたいよね。
ちなみに基本は上にいるらしい、このエレベータ。
その気持ちはわかる。下で待ってるのは相当気が滅入るけど
この上で人が来るのを待てるならエレベータガールのバイトも悪くない。

さて、そんでもって目指すはあのタワー!
青空に映えて見事でしょう?

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予定外に長くなっちゃったのでタワーの上からの眺めは次回の記事で。
毎度小出しでゴメン(笑)

Wanganuiってこんな町

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Wanganuiってこんな町。
Anneの家からのんびりと歩いてタウンセンターに戻り
懐かしい町をキョロキョロしながら歩いてみた。
基本的には変わらない。
流れる空気ものんびりとした時間も。

もちろん川の向こうにあるタワーにも登ったのだけど
そこから見る景色はまた次回の記事で。
今回の記事は写真達に雄弁に語ってもらうことにして私は少々ズルをしちゃおう。
この町の雰囲気を貴方なりに感じ取ってくれたなら光栄です。

8年の時が繋がった。

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Anneの仕事が終わるのを昔のように待っていた私、その間にどうしようか考えていた。何をかって私はYHに既にこの先2泊の予約を入れ支払も済ませていたのだった。Anneは1人暮らしで気軽に2泊いてもいいわよ、と言ってくれていたけど最終日の朝バスに乗る予定だったのでバス乗り場に近いところにいたほうが便利だしなぁ、でも・・・。なんて色々考えていたわけ。Anneはいつも押し付けがましくなくてこの時もうちは2泊してもらっても構わないけどOgarinの都合のいいようにしてねと言ってくれていた。(ちなみにOgarinとは呼ばれていない、念のため。笑)

そう、私はこのAnneが大好きなのだった。その時期の滞在で私は4つのホストファミリーにお世話になった。(正確に1週間滞在とか入れるともっと増えるのだが) 残念なことにあまりにもうまく行かなかった最初のおうちを除きどの家もとても楽しく滞在したのだがその中で子供のいない家はAnneの家だけだった。実際には最初は20歳くらいの息子さんが一緒だったんだけどね。1週間くらいで就職か何かで家を出たのでそれ以降はAnneと2人っきり。バランスがよかったのはそのAnneの娘さんNikiが結婚して近所に住んでおりそこに1才になる女の子Katjaがいて時々そこを訪ねたりKatjaを預かったりしていたこと。新しくAnneが引っ越した先はその娘さん家族の住む場所のすぐ隣。そこの土地をAnneが購入して家を建てたのだそうだ。

スコットランドからの移民であるAnneは英語もちょっぴりスコティッシュ。ほんの少しだけ癖のあるその英語がなんだか好きだった。そして料理がとてもうまかった。それまでのお家でももちろん美味しいものを食べてはいたけどやっぱりNZの家庭料理。ほぼ毎日お肉と付け合せのポテトと野菜のパターンは変わらなかった。だがAnneはさささっと必ず一手間かけたものを創ってくれてその上プディング(デザート一般をさす)も本当に美味しかった。最初は手伝おうとしていたのだが却って邪魔だと気付き途中から料理には手を出さず片付けを一緒にやるパターンが定着したのだった。考えてみればAnneって日本人ぽかったのかも。Anneの家にステイするようになるまで既に半年以上NZで過ごしていた私、元々の性格と相俟ってほとんどのことが気にならなくなっていたのだ。何しろAnneがお皿にラップをかけて冷蔵庫に食べ物をしまっていただけでなんてきちんとした人!と本気で驚いたのだから(笑) いや、私はちゃんとラップかけてますよ・・・。

でも私がAnneがとても好きな理由はそこにあるわけではない。Anneの気遣いはとてもさりげないのだ。一見然程愛想がよいタイプではなく第一印象は怖そう?だった。NZ人はフレンドリーな人が多く最初からウェルカムッ!!!という雰囲気を醸し出す人が多い。それはもちろん素敵なことなのだがそれが時として表面だけだったりもする。Anneはその反対のタイプ。ふだんから感情を然程表にはせず淡々としていて、だけどその時に必要なことを察知して気が付けばこちらが負担にならない形で用意してくれる。口ばかりになる人が決して少なくない中で本当にありがたい存在だった。そしてふだん大げさな表現などしない彼女だけに最後に別れる時にハグして言ってくれた"I'm going to miss you."は本当に心に響いたのだった。

さて考えた末せっかくのお誘いを受けることに。但し最終日はYHにいたほうが都合がよいということでYHをキャンセルせず大きな荷物は置いたままこの日だけAnneのお家にお世話になることにした。その際のAnneの段取りもね、私的には完璧なわけ。Anneの車に乗り込んだ私、荷物を取ってくるためにYHまで贈ってもらうことに。そこで降ろしてくれてだいたいどのくらい掛かりそう?と聞き、じゃあ何時何分にここでもう一回集合ね、と無駄なく決断。そしてその時間までには必要な買物なども済ませているという動きのよさ。どうしよっか?どうしよっか?と遠慮しあってモタモタすることがないのだ。多分このリズムが私と合っているのだ。

私は荷物を準備しAnneは買物を済ませいよいよAnneの新しい家へ。元々のお家に比べ随分と立派な大きな家でここに1人なんだから大きすぎたのよと笑ったAnne。この町でやることがあるならここにまた住みたいと本気で思った(笑) さて食事の前にひとまずのんびりタイム。ワインを開けてくれちょっとしたつまみを前に何となくお喋り。当時の話や今の自分達の話もしたけど何故か普通の世間話も沢山(笑) 前日まで突然来てしまったことが不安だったのが嘘のように8年の月日は一気に繋がってしまった。他に家族がいなかったから元々話はよくしていたけどこんなに話したことあったっけ?ってくらい話したかも。それにしてもほとんど変わらないわねと言った後、ああでもひとつだけ、英語がうまくなった、と言ってくれた。これは私の中では相当な誉め言葉。Anne曰く以前はもっと途中で考えながら話してたけど今はもっと自然、と。お世辞など言わないAnneの言葉だっただけに本当に嬉しかった。

そんなこんな、弾丸のように2人で話し続けているとそこにピンポーン!と。となんとお隣からNikiがやってきた!(しかもタマゴを借りに、笑) で私の顔を見て彼女もまた「あ??!!」と。覚えていてくれたのがこれまた本当に嬉しくてそしてKatjaもいるから、とご挨拶にNikiのお家へ。そこには既に8歳になったKatjaと5歳の弟が。当時まだお喋りもしない赤ちゃんだったのに背がすらっと伸びて(下手すると私と変わらないかも・・・)、髪も女の子らしく2つに結んで、ただ瞳だけは当時と同じ蒼くてくるくると動いていて。なんだか色んなことに感動してしまった。実はNikiは私よりずっとずっと若くて、でも当時からとても落ち着いていて大人っぽくて何となく近寄りがたかった。Anneが時間がないときなどに私をバス停まで乗せて行ってくれたりして話す機会はあったと思うのだけどあまり話した記憶がない。Anneに似てとても親切だけどやっぱり感情を露にする人ではなく向こうからがんがんと話してくるタイプでもなかったから。でも今回再会してみて今だったらもっと話が出来てよい友達になれただろうと思った。多分これは私の成長。長いオーストラリア旅行で出来た友達の存在が私に自信をくれていたのかも知れない。余談だがこのNikiのご主人はNZで自転車のオリンピック代表だった人。学校にも自転車を持って話をしに来てくれていた。今は引退して消防団をやっているらしい。きっと今なら彼とももっと話をできたんだろうなぁ。まぁ当初は遠征ばかりであまり家にいなかったから会った回数も少なかったんだけど。

と、そんな風に夜は更け夜私のベッドとなったのが写真。話が長すぎて写真が随分遠くなってしまったが(笑) ベッドは違ったけど鏡台は以前私が使っていたものでとても懐かしい気分。今ここにいられることに本当に感謝して眠りについたのだった。

ちなみに翌日。Anneが学校に出る時間はかなり早いのだがそれに合わせて出るつもりだった私に好きな時間までいていいからと。それはあまりにも申し訳ないと思ったけど結局またお言葉に甘えAnneにお礼とお別れの挨拶をして玄関から送り出し(何故に私が送り出すんだか、笑) そして支度をしてお家を出たのだ。本当に感謝。この前会ったのは8年も前で次にいつ会えるかもわからないけど一生、いや生涯を超えてもこの人とは縁が続くんだろうななどとと思いながらYHまでのんびり歩いたのだった。

本当はKarenのお家に遊びに行った話も書くつもりだったけどちょっと長くなりすぎたのでそちらは次回に。全くの独り善がり、ここまで読んでくれてありがとう(^^)

タイムマシーンに乗ってみた。

以前、短期間ではあったけど暮らしていたことのある町、Wanganui。当時私は町外れのとある小学校で「日本の文化を教える」というボランティアをしていた。ボランティアをしているという意識は私にはなかったけれどね。でも名ばかりとは言え先生をしつつも収入がなかったわけで詰まるところそれはボランティアだったなぁと今振り返るわけなのだ。受け入れてくれた学校としては教育実習生を受け入れるくらいの気持ちでいたのかも。

この町で活動をしたのは3ヶ月。ここに来る前にも別の場所で半年間同じ活動をしていたのだが2校目のこちらでの受入れ体制はもっと積極的だった。そもそも日本の学校と違って教育カリキュラムが曖昧なNZの学校。1年を通して大体の目標はあるだろうが基本的な授業の内容などは各担任に任されている。教科書もなく給食もなく掃除の時間もなく体操着もない。初めてその様子を目の当たりにした時にはかなりのカルチャーショックを受けた。最初の学校では先生達が「この時間にうちのクラスの子達6人くらいをあなたのところに送るわね」と言ってきたのには本気で驚いたのだ。その時私の頭をよぎったのは「その間の授業の遅れをその子たちはどうやって取り戻すの?!」ということ。ところが次第にわかってきた。そんな風に授業は詰込み式には進まないのだ。今日は教科書の何ページから何ページまでやります!式の授業方法ではないのだった。確かにこうやって授業を行っていれば何かについてじっくり考えたり自分の意見を言ったりする方面が伸びていくはずだ。日本の教育も私が子供の頃とは変わっているのだろうがそれでも知識を増やすという方針はおそらく変わっていないだろう。どちらが正しいかとは一概に言えないが自分の意見を言うのが苦手なのは日本人の性質というだけではなくやはり教育にも関係があるのだと改めて思わされた。

ともあれそんな風にもう1つの学校では各先生方の個々のやり方で受け入れてもらっていた私だったが、ここの学校では多少やり方が異なっていた。授業の進め方は基本的に同じ。但しこの時期私を受け入れてくれるということで学校自体でその学期のカリキュラムに「日本」というテーマを入れてくれていたのだ。これはそれまでの半年間生徒達とは充分に触れ合ったものの先生達にはほぼ野放し扱いにされていた私には新鮮な状態。ここでは各先生達が授業に私を呼んでくれてその場で求められる内容の話をしたり教室の全員と触れ合える機会が増えたのだ。もちろんこちらから提案してやらせてもらうこともあったけど。そして何よりいい経験になったのが、日本について教えるという役割のない時にでも私をスタッフの1人として扱ってくれたこと。例えば先生達が数人ずつグループを見る場合も他のスタッフと同じように私に子供達を割り振ってくれたし本を読み聞かせるような時でも普通に私に任せてくれた。私のような外国人にもそういう教育の場?を任せてもらえるの?と最初はびっくりしたが子供達は素直。こういうところNever Mind!のNZ式だけど私にはとても嬉しいことだった。

さて、今回誰にも連絡をせずいきなりこの町を訪れた私、Anneの家に電話することも出来たのだけど実は電話がとっても苦手な臆病者なのだ。これは英語でに限らず日本語でも(笑) とにかくこの際ぶっつけで行っちゃえ!と。個人の家に行くのは留守の場合ダメージが大きいので学校に行ってしまうことにした。その学校の先生であったAnneが車で乗せて行ってくれていたので散歩のつもりで1時間近く歩いたことはあったにせよ、公共の乗物で自力で向かったことはなかったためひとまずバスでの行き方を探すためにインフォメーションセンターへ。そこで懐かしい学校のある地域、Castlecliffへのバスを確認しいざ!懐かしのAranui Schoolへ!

バスのドライバーさんにAranui Schoolへ行きたいと告げバスの乗り込む。何となく見覚えがある景色を眺めつつバスはCastlecliffへ。バス停で学校への行き方を教えてくれたバスドライバーさんにお礼を言い学校を目指す。

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あ、あった!ここここ!門も変わっていない!

とここまで辿り着いたのだけど・・・。いやいや私ってば実はとっても小心者なのだ。何だか不安でたまらないわけです、あなた誰ですか?って顔をされたらどうしよう。知っている顔がなかったらどんな風に自己紹介をしよう・・・。しかも辿り着いた時間が昼休み終了直前。休み時間が終わると外でクラス毎に並びそれから教室に入るのはこっちの学校では常。ちょうどその最中で今出て行ったら知っている子がいないとは言え絶対に皆落ち着いて並ばなくなる・・・。日本でも変わらないかも知れないけどNZの子達も随分とやんちゃで元気だからね?。

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と言うことでしばしの間こちらからは中の様子が見えるけど向こうからはこちらが見えない場所を探し待機。(←これって不審者入ってるわね・・・。)とにかくもう少しだけ待つ。そして全員が校内に入ったところでドキドキしながら正面玄関へ。とそこで集まってちょっと相談か何かしていた数人に遭遇。パッと目があったその人が「あ???!!!」と。いや実際にはあ?!じゃなかったけど(笑) そう、そこで最初に会ったのがAnneだったのだ!それにその感じってちゃんと私を覚えていてくれてる・・・。うるうる。

そしてちょうどそこにいた校長先生のShawnや他の先生にも再会。私のことを記憶に残していくれている先生が思いの外多くて感動。名前まで覚えているかは怪しげだったけど(笑) Anneは今どこに泊まってるの?と聞いてくれ、家にいらっしゃいと。そしてAnneの家の前に1ヶ月ほどステイしていたお家のKarenも夜ご飯食べに来てと誘いに来てくれた。予想以上の展開に本気で幸せ感倍増♪

とにかく授業が始まっていたのでAnneが終わるまで待つことにした。ちなみに授業が始まっていても先生達が比較的呑気に教室外にいるのもNZ的(笑)

さて懐かしい外の景色。私が通っていた2つの学校とも校庭は美しい芝生でこんなところで勉強したらのびのび育つな?と思う学校だった。特にこのAranui Schoolは校庭のその先は牧場!この日もこんな風にすぐそこに馬が草を食むのを眺められた。

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馬の方に近寄って振り返る。とそこに見えるのは校舎。空も緑も学校もすごく健康的でしょう?!これだけで違った人生になりそうよね。

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午後の授業は通常3:00PMに終了。でもAnneはその後ミーティングがあったり授業の準備があったりであがるのは4:00PMくらいのことが多かったので授業中のAnneにちょっと近くを散歩してくると伝え懐かしいビーチに出てみることにした。

まずは何かオヤツと飲みものでも買おうと近くのデイリーストアへ。何だか可愛いよね?。遠くに見えるのが海です。

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とんとんとんっと階段を下りてしばらく行くとWanganuiのビーチ。大好きなワンガヌイリバーが注ぎ込むビーチだ。このビーチのすぐ近く(すなわち学校のすぐ近く)に住むKarenに「ビーチの近くでいいね」と言ったら「でも真っ黒な砂浜で美しくないわよ。」と言われたことを思い出した。私はこの黒い砂が輝くのも美しいと思っていたものだけど。ね?どう思う?

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こちらの海も少々荒れ模様だったようでちょっと波も高め。寒かったこともあり近くの公園を通り学校に戻ることに。

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海の近くということもあり公園の遊具もこんな感じ。ちなみに学校がある時間のせいか子供ところか誰もいず(笑) ということで1人で遊んでみました。

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どうしようか悩んだけど思い切って来て見てよかった!青空を眺めつつつくづくそう思った私なのだった。

大好きな町に再会した!

フェリーが北島に到着した後、とりあえず寝場所を確保のためにウェリントンの街を横切って数日後に予約を入れていたYHへ向かってみた。既にインターネットからカードで支払はしていたので1日をこの日の宿泊と替えたいと伝えてみる。融通なんて大抵利くものでこの時も問題なくOK。但しこの時点で開いていたベッドはたった1つだった。しかも男女MIXドミトリー。(今やこんなことでビビる私ではないから問題なし 笑) それにしても通常そんなに満室にはならないでしょ?!と思っていたら何とこの日ウェリントンのラグビー場でオーストラリアVSNZの試合をやるんだったのね。道理でフェリーでも皆盛上がってると思った!!ってことは私ギリギリでベッド空いててラッキーだったぁ。

とそんなわけで予定外に早めにウェリントンの街と再会した私だけどひとまずウェリントンの話は後に置いておいて、ここは次の目的地Wanganui(ワンガヌイ)の話からスタートしたい。翌日の朝一夜を明かすためだけに降り立ったウェリントンを後にしインターシティバスでワンガヌイへ向かった。ワンガヌイは北島の西海岸ちょうど真ん中辺りにある町。マオリの文化が色濃く残りここへ流れ着くワンガヌイ川を上っていくと独特の雰囲気を味わえる。その川で撮影された映画『River Queen』がちょうど去年公開され私も観に行った。

1998年の4月?7月にかけてほんの短い間ではあったけれど私はこの町の小さな小学校でボランティアをしていた。暮らしていた町とお世話になった人々に会いたくて今回のNZ滞在の最後の旅先にここを選んだのだ。とは言え結局誰にも連絡をせずに来てしまったため正直不安。ホームステイしていた家も私が出てすぐに引越しをして元の場所にはない。住所は知っているけどそこまでどう行けばいい?

そんなことを思いつつひとまず予約していたYHへ向かう。考えてみれば住んでいたこの町だからYHの利用は初めて。バスを降りてから地図を頼りにYHへ向かうが思いの外遠いぞ・・・。でもその途中懐かしいメインストリートを通る。そうだった、この町小さいけれど何故かここのメインストリートが好きだった。

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街は何だかミニチュアみたいな可愛さでこの写真ではあまり見られないけど季節ごとに美しい花で飾られる。そう言えば翌年のカレンダーを買って帰ったっけ・・・。

ともあれ町外れの川沿いに建つ可愛らしいYHに到着。ドミトリーで予約していたけれどどうやら部屋は私一人。そして部屋に鍵もないアットホームなYH(笑)外部から入るにはキーコードを使ってでこちらも鍵なし。

さてせっかくだから暗くなる前に少々街を探検しましょうか。食料も仕入れなきゃいけないし。と向かったのはよくホストマザーのAnneと利用したスーパー。でもここまで来て懐かしいAnneの家に行く坂道を見つけた。そうAnneの家は街から見ると高台にあって街から帰るのは毎回体力を使ったのだった(笑) さて既にAnneは街の別のエリアに引っ越しているのは知っていたけど家を探してみようとしばしうろうろ。だけど、ああ!忘れている!さすがに8年も前の記憶は衰えてしまうのか??とりあえず諦めて街を見渡せる高台へ。

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これは街の地図。真ん中を流れるのがワンガヌイリバー。とうとうと流れるこの川が本当に大好きだった。水は決して澄んでいるわけではなくでもそれが何か歴史と共に流れているように感じてね。

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そしてその周りには国内国外の都市までに距離が彫られている。東京までは5700Km。やっぱり遠いなぁ。でもロンドンまでの半分の距離なのね。知らなかった。

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で、見える景色はこちら。なんてことのない街の風景だけどとても懐かしい。正面に立つのは街の反対側にある丘の上にあるドゥリー・ヒル・タワー。ここにも何度か上った。ここからの景色は本当に素敵でそれも私の中でワンガヌイを特別なものにしているひとつの理由だと思う。その景色はまた別の記事でご紹介する予定。この日はこの後スーパーにより買い物そしてYHに戻りこの先の2日間をどう過ごすか計画を練りつつも使い放題のキッチンやリビングを満喫したのだった。と、今回は多分に独り善がりの回顧録となりました(笑)
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