・:*:・・:風の吹くまま気の向くまま in NZ:・:*:・

2005年11月から2006年7月ののんびりNZ暮らしの記録です。

旅 in NZ

家に帰るまでが遠足です。

フェリーで再び南島のピクトンに辿り着いた私は
これまた再びインターシティバスに乗ってクライストチャーチを目指した。
途中休憩を取るのは行きと同じくカイコウラ。
行きはお天気が悪かったし何と言っても既に夜だったため何も見えず。
そのため気付かなかった。
冬のカイコウラはこんなに美しい雪山を望めるのだ。

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ん?もう少しちゃんと見たい?
じゃ、これは?

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せっかくだからビーチに出ちゃおっか♪

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11月にA-KIAちゃんと訪れた時にはこの山々はこんな感じだった。

ちなみに同じく11月にA-KIAちゃんと車を降りてみたこの場所には
やっぱり変わらずこんな光景が。

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最後の1枚はNZではいつも本当にお世話になるインターシティ様の後姿で。

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次回もまた宜しくお願いしますね。

クック海峡を再び南へ・・・

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ウェリントンに別れを告げた私は再び北島と南島を結ぶフェリー、Inter-Islanderに乗り込んだ。

船というものは大抵名前が付いているものでクック海峡を渡るこのフェリーにももちろん名前がある。今は使われていないが長い間ここを行き来していた船にAranuiという名の船がある。Aranuiと言えば私がWanganuiでお世話になっていたAranui Schoolと同じ名前。

実はAranui Schoolと船Aranuiは1965年の同じ日にNZにおけるその歴史が始まったらしい。1984年に船AranuiがNZを後にした時に記念にもらったブイがまだ学校に残されているという。


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そんな縁もあって2005年に新しい船Kaitakiがその航海をスタートしたその記念にAranui Schollの95人の児童と付添いの先生達が招かれたのだと言う。Anneが興奮気味に語ってくれたのは、その時に子供達が描いた絵が船には飾られ、そしてカフェではその絵をデザインにしたカップが使われているのだということ。Anneはそのカップを見せてくれ、沢山あるからあげるわよ、と言ってくれたのだけど実はもらってくるのを忘れたのだった・・・。

でもでも、今でもちゃんと使われていたこのカップ!遠くからの盗撮なのでボケボケなんだけど(こんなの載せてすいませんが・・・)積み重なっているカップが分かるかしら?



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もちろんカフェ戴きますとも。Golden Skyと名付けられたこの絵がAnneのクラスの子達が描いたというもの。海に映った灯もとても素敵だと思わない?

カップはひとつに2つの絵が描かれていて種類は2種類。全部で4つの絵が使われている。このカップはもちろん洗ってもらってきた。そして山のような荷物の中で潰されることもなく我が家に辿り着き、今でも私の目を楽しませてくれている。

その原画も飾られている。


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Anneは学校でも最年長11歳の子供達を受け持っている。11歳の感性ってすごいなぁと思ったこの絵。

それにしても子供達にとってはWellingtonまでの旅でも充分に素晴らしかっただろうに、それを自分達の描いた絵が今でも船に飾られ、そしてそのデザインを描いたカップが使われているなんて本当に貴重な経験だろうなぁ。

その時の様子はニュースにも流れ、学校はやんややんやの大騒ぎだったとか(笑) クールなAnneが興奮して語ってくれるくらいだもの、それはもう大変な騒ぎだったことだろう。

その時の記事を見つけました、興味があったら読んでみてね。
 ⇒ Wanganui Chronicle "Anchors aweigh for Aranui kids" 


他のクラスの子供達の素敵な絵もこの通り。

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こんな風に素敵なお土産とともに私は南島に辿り着いたのだった。

おひとりさまウェリントンとサプライズ!

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ウェリントンはカフェの街と言われるくらいカフェが多い街。らしい。今回の滞在では結局カフェの寄れる時間は限られていたのだけど、その中でもどうにか時間を見つけカフェタイムを満喫♪こちらは滞在していたYHAから程近い場所にあるベーカリーカフェ。パン好きの私がわくわくするような美味しそうなパンが並び朝早くから通勤途中の人などで賑わっていた。店内に座れる席はそれ程ない。メインはあくまでもベーカリー。でもカフェを頼めばそれは美味しいミルクと馨しい珈琲の香り。ここはビスコッティがついていた。

NZやAUSってミルクが美味しいからカプチーノやフラットホワイトを頼む人が多いせいなのかよくあるチェーン店などでもその表面に洒落た模様など付けてくれる。とにかく日本ではほぼ珈琲はブラック派の私もこの国ではついついミルク入りを頼んでしまうのだ。そして育つ(笑)

とにかくこんな風に独りカフェを満喫したり、街中の散歩を楽しんだり、そしてこの時はYHAから近かったこともあり夜映画館で「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」と楽しんだり、と数日とは言え暮しているように楽しんだのだった。


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この旅から戻って2泊したら私はNZを発つことになっていてひたすら独りの時を楽しんでいたせいか少々センチメンタルになってみたりしたのだけど、ここ、最後の最後で思いもかけないギフトがあったのだ?。

その舞台となったのがこちら。NZに暮したことがあれば誰でも知っているスーパーマーケット"NEW WORLD"。ここもYHAの目の前にありそう考えるとつくづく便利なロケーションだった。(駅だけは遠かった・・・)

さて前回の滞在も含めここではしょっちゅう食料を仕入れている。このときももちろん毎日の食材はここで調達♪NZも最後だと思って普段は小心者で頼まないかカウンターの向こうの人にサラダやハムなんか注文してみたり。

そうして食材を購入するだけではなく他にも購入したものが。それがね、看板の真ん中にある「LOTTO」の文字。NZはデイリーストアでもスーパーでもLOTTOのカウンターがあって手軽にくじを楽しめる。元々日本でもスクラッチやナンバーズなんかはよくわからなくて手を出さない。宝くじもたまぁに買う位で習慣はない。ということで比較的気軽に出来るNZのインスタントくじも興味がほとんどなかった。それがね、MickeyちゃんとLilyちゃんが帰るときに「ちょっとだけ当たってるから」と確か2,3ドルの当たりくじを置いていってくれたわけ。

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それを元にちょっとだけちょっとだけとこの旅の間やってみてたのね。例えば3ドルが6ドルになったり、地道なアップはしていたわけ。そうこうしているうちにこんなに買ってしまった(笑) これほんの一部・・・。ギャンブルって恐ろしい?。

まぁ初心者にはスクラッチがちょうどよくて、つまり全部こすってみて3個同じものが出れば当たり。3枚購入して1枚が2ドルくらい当たるかなぁというやる気もそがれず、かといって儲かりもしない絶妙な具合が続いたりするのだ。

で最後にもう思い切って全部(と言っても6ドルくらいなんだけど)使い切ってみたのがSilverstreamのファーマシー。しかし世の中そんなに甘くはない。結局その時点ですっからかん?。ま、夢見たしいっか。

でもウェリントンに戻ってきてもどうしてももう一回やりたい!
で、もう元手はすっかり失っていたけれど最後のつもりで買ってみた。

それがね・・・。


これだ!!!

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私は驚きましたよ。コーフンです!!!ロケット

てなわけでNZ出発2日前ですよ。
嬉しいけど500NZドルをこの先2日間でどう使えと??
それでも興奮気味でデイリーで換金。
それを見たインド系のお店のおっちゃん。
ひゅ?♪と口笛を一吹き。
"Enjoy winning!!"と500ドルをくれました笑い

結局このお金はシンガポールドルへと変貌を遂げたのだけど(笑)
いやいや、こんなことってあるんだわ?。

銀色の流れの中で。

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前にも述べた通り私が半年間住んでいたUpperHuttはウェリントンからローカル線で約40分程行ったところ。実際に利用していた駅はUpperHuttより少し手前にあるSliverstreamという駅だった。銀色の流れというこの駅名もとても好きだった。駅を降りると小さな商店街がある。郵便局やスーパー、ベーカリー、ファーマシー、旅行会社、パブなどとりあえず必要なものは揃っている。ここから緑に囲まれた可愛らしい住宅街を歩くこと30分ほどで私の通っていたPinehaven Schoolが見えてくる。この学校もワンガヌイのAranui Schoolに負けず劣らず緑に囲まれた環境のいい学校。最初の3ヶ月はここから少し駅寄りの丘の上にある家から、そして最後の3ヶ月はこの学校のすぐ目の前にある家にステイしていた。実を言えば最初のお家はお母さんとあまり合わず少々息苦しい生活をしていたのだが移ったお家は本当に居心地がよくまるで本当の家のように過ごさせてもらった。

本当はその家を訪ねようと思っていたのだった。でも勇気が出なかった。お世話になったそのお家の隣にはその家のお父さんJackのお姉さんであるJillの家族が住んでいた。Jillのご主人Johnはイギリスからの移民でそして確か英語を教える学校で働いていた。そんなこともあって本当に私によくしてくれた。飼っていたシェパードを連れて近くのリザーブに朝の散歩に行きよくお喋りをした。ネイティブではない私の英語をきちんと聞いてくれわかりやすい言葉で丁寧に色んなことを説明してくれた。日本に戻ってからも手紙を出すと一番長い返事をくれたのが彼だった。本当であればJohnにもJillにも会いたかった。でも実はNZに着いてから迎えたクリスマスに私は彼らにもクリスマスカードを出していた。返事なんてなかなか来ないもんだなぁと思っていたある日、知らない人からのメールが届いた。タイトルは"John and Jill"だった。そのメールが私に知らせてくれたのはJohnとJillは既に亡くなったということだった。彼らが亡くなった為家が売りに出されそれを買った現在の持ち主がたまたま子供が開けてしまったという私のカードに書かれたメールアドレスに連絡をくれたのだった。まだそれ程年を取っていたわけではない2人がもういない、という知らせは私にはかなり衝撃的で何かが起こったに違いないと考えずにはいられず、かといって考えるのは怖くてそれから数日は呆然として過ごした。結局それ以上はそのメールの主にも尋ねることは出来ずそのままに。そしてその延長線で怖くて本当によくしてくれたJackとお母さんBethにも連絡が取れなかったのだった。初めに受けた衝撃はとっくになくなってはいたけれどやはり今回も入口の奥まったJackとBethの家にも入れなかったのだ。

それでも学校には尋ねてみた。門を入ってすぐあるのがスタッフルームの棟。そこを入るといつもセクレタリーのJulieが笑顔で迎えてくれた。既に彼女はいず変わって迎えてくれたのはおそらく私とあまり変わらない、いやむしろ若いくらいの明るい女性。私が事情を説明するとすぐにスタッフルームに招き入れてくれた。でもね。時が止まったようだったAranui Schoolとは打って変わってこちらはスタッフのほとんどが入れ替わっていた。校長も変わっていた。そして数人顔を見知ったスタッフも私のことはあまり記憶にないようだった。前にも書いたけど授業の途中で数人の生徒達を私のところに寄越してくれていた先生達と実は接することが少なかったのだ。何となく他人行儀で落ち着かない気分になったのを救ってくれたのは初めて会った日本に興味があるという別のスタッフだったのだからなんだかなぁ。でも彼女に本当に救われた。結局何となく落ち着かないまま、お礼を言って帰ろうとすると校長が駅に向かうところで「歩いて帰るのは大変だから乗って行きなさい」と。何となくパワーダウンしていた私はJackとBethを訪れるチャンスをそこに置き去りにしその車に乗って駅に戻ったのだった。

甚だしくパワーはダウンしていたけどこのSilverstreamでもう1箇所どうしても行きたい場所があったのだ。線路を渡って駅の反対側に出た私が向かったのはここ。

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ここがねHutt River Trail。私の散歩道。Hutt River沿いにある遊歩道。よくここを散歩した。更に上流にあるUpperHuttのシティセンターへ3駅分ほど歩いてみたり、途中でブラックベリーを摘んでみたり、時にはベンチに座って本を読んでみたり、TimTamを食べ捲ったり(笑) 最初のお家に居辛くてここで時間を潰したこともあった。その頃と全く変わらない優しさで受け入れてくれた景色を見ながらそんな色々なことを思い出していた。そしてね、復活した(笑)

多分ね、先にここを訪れていたらワンガヌイで学校を訪ねる勇気は失われていたかもしれない。ここで受けた違和感を再度経験するのが怖くて多分AnneにもKarenにも会うことなく帰っていたかも知れない。そう思うとね、うまくいってるんだな。結局この景色は前と変わらずこんなに美しいんだもの。私のベンチは健在だったしね。

そう、ここからHutt Riverの上流側には雪山が見える。その辺りは実はロードオブザリングのロケ地になった場所のひとつなのだ。

ま、そんなこんなで結局会いたい人には会えなかったのだけどやっぱり来てみて良かったんだな。再び電車に乗り40分。LowerHuttを過ぎ視界が拓け海が見えてそしてその先にウェリントンの街並が見えてきた時に心の底からそう思った。それでもやっぱりここは私の人生観を変えた場所だから。

もしもこの先にまたここを訪れるチャンスがあるのなら今度こそ、JackとBethを訪れよう。例え彼らがもうここにいなくても多分大丈夫。ちゃんんとそのことを受け入れられる気がするから。

真っ赤なアイツでのんびり行こう!

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ウェリントンは坂道の多い港町。傾斜上に出来ている町とくれば、それはもう上に登ってみるでしょう。

ウェリントンのシティセンターのすぐ裏手にある山まではケーブルカーで行くことが出来る。そのサインがこちら。先日紹介した記事でBee Hiveと呼ばれる国会議事堂を指していたBuzzy Beeと同じ道標。この赤いケーブルカーがこれまた絵になるのだ。山の途中にはVictoria大学の敷地の緑が広がり辿り着く頂上は植物園。私ったらいつものようにあやふやな記憶を頼って地図を無視したものだから不必要に自分の足で坂を登った挙句迷い、結局麓にある街中のこの道程にやっとこさ辿りついたのだった。全く懲りない(^^;)

このまるでおもちゃみたいな真っ赤なケーブルカー、ビルの中の地下鉄みたいな駅から出発、トンネルをしばらく走りそしてのんびりのんびりと緑の中を登って行く。途中に停車駅あった気がするなぁ。確か大学だったと思う。

上に着いたら自分が乗っている間は見ることができなかった緑の中を登ってくるケーブルカーそのものを見るために展望台へ。

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ここからの景色はよく絵葉書などにもなっている。UpperHuttにある小学校を去る時にスタッフ皆からこの景色の絵をもらった。その絵は今でも私の部屋に飾ってある。今これを書いているその時にもふと見上げればその絵が目に入る。やっぱり好きだな?。この景色。

さてさて登った先は植物園。クライストチャーチの平坦な植物園とは全く雰囲気が違う斜面に出来た植物園。羊歯などのいかにもNZ的な植物以外は日本のそれとあまり変わらない気がした。とは言ってももう何が日本で何がNZで何がオーストラリアの植物なのかよく分からなくなってる今日この頃だけど(笑)

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のんびりと植物を眺めながら進めばいつの間にかそこは再び山の麓。街の散歩はいつだって楽しくて飽きないのだ。思うに私一人遊びが上手過ぎ(笑)

ここ数年NZと言えば?の巻

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さて今回のウェリントン滞在中に必ず訪れたい場所がこの国立博物館のTEPAPAだった。国内最大級。そして比較的新しい。どこかで触れたこともあったかと思うが1998年、ちょうど私がUpperHuttに住んでいた頃にこの博物館がオープンし、小学校の子供達と共にここに訪れた。マオリに関わる展示はもちろんのことバンジージャンプを疑似体験できるアトラクションがあったりNZ的のアクティビティ的な要素もかなり多い。また定期的に様々な催しも行われる。上記アクティビティなどにはお金がかかるものの通常は無料。これはNZ国内(オーストラリアも同じく。ヨーロッパにも多いけど)は無料の博物館がほとんど。だが催しは多少の入場料がかかる。今回私が訪れた時期にここで行われていたのは『ロードオブザリング展』。あちこちで役に立つYHAのカードを提示すると10NZドルで見られたこの展示。ものすごい充実ぶりだった。

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展示内容はそれぞれ登場人物毎に実際に使われた衣装や小道具などが飾られところどころにインタビュー映像などが流れる。キャラクターは旅の仲間達だけではなく敵方の変な生き物達(すいません、実はそれ程詳しくない…)も展示あり。ホビットを小さく見せる写真技術を使って実際に写真を撮ってくれる場所もあった。興味深々だったけど2人いないと撮れないので独りぼっちの私は残念ながら素通り。くーっ。そして実際に使われたリングも見られる。撮影に使われた塔などのミニチュアなどもあり本当に飽きない。3時間ほどたっぷり見入ってしまったのだった。

ところで写真真ん中の白い建物。これはプレミア上映の行われたエンバシーシアター。気が抜けるほど普通の建物だったけど(笑) 中は入っていないのでひょっとしたら中は特別な雰囲気だったのかも??

Windy Wellingon

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Wanganuiで楽しいひとときを過ごした後再び戻ったWellington。NZの首都であるこの街は北島の最南端、南島への玄関口に位置する。日本からのツアーなどではNZ最大の都市北島のAucklandや私が暮していたChristchurchなどが拠点になるものが多く余程余裕のあるツアーでない限りWellingtonは訪れない。そんなこともあってか首都としての知名度はあまりないかも知れない。位置づけ的にちょっとオーストラリアのキャンベラに似てるかも。『ロードオブザリング/王の帰還』のワールドプレミアが開かれてそのパレードの様子などが放映されたので大分メジャーになって来たのかな。

ワンガヌイで暮していたことは既に書いた通りだけどそれまでの半年間、私はこのウェリントンから電車で40分ほどのUpperHuttという町の小学校で同じくボランティアをしていた。UpperHutt自体はワンガヌイより更に小さな町だけど電車で40分でウェリントンに出られると思えば今の私の住む家の利便具合とそう変わらない。HuttRiverという川沿いの下流に開けているのがUpperHuttより大きな街LowerHutt。わかりやすい命名でしょ。電車はその川沿いにUpperHuttからLowerHuttを抜けてウェリントンへと向かう。ある場所から急に視界が開けて目の前に海とその向こうにあるウェリントンの街並が見えてくる。その瞬間がたまらなく好きだった。そう、このウェリントンも私の大好きな街のひとつなのだ。クライストチャーチの方が観光地としてはメジャーだけど都市と呼ぶにはやや田舎。一方このウェリントンはこじんまりとした小さな街でありながらその様子は都市のそれ。オフィス街と大学。コンパクトな街の中に調和されている。

海沿いに街が出来そこから後ろが丘になっている坂道の多い地形。よくある港町かな。その海沿いの散歩道を歩くのが大好きだった。オープンカフェやちょっとした公園、そしてNZらしくロッククライミングなどアウトドアスポーツが体験できる施設もある。ドラゴンボートの練習場もある。行き交う人々もスーツを着る人、のんびりホリデームードの人、地元の子供達、など様々。何だろうな?。気負わない街なんだな、きっと。

そんな街の様子をカメラに収めてみたら、何だか青い海と青い空ばかりの風景だった(笑)3段目の真ん中にある茶色い建物はウェリントンの駅舎。はためいている旗がALL BLACKSのものっていうのがいかにもNZ。再下段の左端はキャドバリー色に塗られたバス。

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こちらは駅近くにあるParliamentの建物。国会議事堂なのだけどNZでは親しみを込めて"Bee Hive"(蜂の巣)と呼ばれている。以前UpperHuttの小学校で体験Weekみたいなものがあり、毎日1つずつイベントが催された時期があった。ある日はボーリング、ある日はバレエを観に、ある日は後から紹介するTEPAPAというミュージアムへ、などなど。そしてその一環であったのがこのBeeHive見学。そういえば自分が小学校時代、国会議事堂に社会科見学で行ったっけなあ。その時国会の傍聴席に上がらせてもらったのだが実際に国会の真最中で当時の首相であったJenny Shipleyもそこにいた。オマケだけどその当時も女性だったけど今ののHelen Clark首相も女性。強い口調などどこか土井たか子さん風で当時から政治のニュースからちょっとしたゴシップ風なニュースまでしょっちゅうTVで目にしていたから彼女が首相になったと知ってほぉ?と思ったのだった。そうそう、NZって1893年に世界で初めて女性の参政権を認めた国なんだって知ってた?

話を戻すけど写真左の蜂さん、Bussy BeeというNZの昔ながらのキャラクター。ウェリントンのあちこちに道標となる看板が立っているのだけど時々こうしたお茶目なものに出くわす。これはBeeつながりでしょう。このBuzzy Bee色もはっきりしいて大好きで以前NZにいる間に赤ちゃんが生まれた友人にこのおもちゃをお土産にした。付いている紐をひっぱるとカタカタと言いながら付いてくるようなおもちゃ。今回は同じものを妹に。最近では甥っ子が結構気に入ってくれてるということで嬉しい。引っ張って遊べるようになるのが楽しみ。それも近そうだけど♪

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そんなBuzzy BeeとBee Hiveの位置関係はこんな感じ。明け方に撮ったので空が薄墨色。隣は明け方の駅。写真はとっても下手だったけど実は手前に道標があってその上には汽車の模型があるのよ。雰囲気だけでも通じるかな?。

そんなウェリントンのお話。まだまだ続きます。

ティンカーベルはもう大人

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WanganuiにてAnneの家からYHに戻った日の夜、今度はKarenのお家にお呼ばれした。
KarenはWanganuiに来て最初にホームステイをしたお家のお母さん。
お母さんと言っても子供が5歳と8歳で年齢的には私のお母さんにはなり得ないくらいの人。
でもとにかく親切にしてくれた。
ティーチャーエイドとして学校に来ていて当時5歳だったTiffanyと
8歳だったBiancaの2人の女の子も同じ学校に通っていた。
お父さんのBrianは割と大きな会社のマネージャーをしていて
休日にちょっとオフィスに行くときに私まで連れて行ってもらったりした。
一番思い出深かったのはBrianのボスに当たる人が日本人で
その縁でその方のお家にお邪魔したこと。
Ishiと呼ばれていたその日本人の方のお家はWanganuiではなくAucklandにあった。
Aucklandで会社のミーティングか何かがあった時に何故か私も連れて行ってくれ
夫婦同伴で出るパーティにBrian&Karen、そしてIshiさん&その奥さんのFumiさんが出席している間
何故かIshiさんのお家で「大地の子」のビデオを観ながら待っていた記憶が・・・。
どこに行ってもそうだけど日本人だというだけで別の日本人と引き合わせようとするのが
自然の成り行きのようで本人としては別に海外で敢えて日本人に会わなくてもいいと思っているのだが
現地の人は何故かそれを自分の任務のように思うらしい。
考えてみれば私も日本でもしドイツ人の友達がいて、でドイツから別の子に会ったりしたら
会わせなきゃ!と使命感に燃えちゃうかも・・・。
ま、そんなわけで引き合わされたFumiさんと私。
最初はFumiさんだって
「何で日本人だってだけで全く知らない子を面倒みなきゃいけないんだ?」と思ったそう。
でもこれは運命の出逢いだったかも(笑)
その日夜遅くパーティから戻ってきたFumiさんと何故か明け方近くまで喋り倒したのだ(笑)
それ以降、Aucklandを訪ねると必ずFumiさんを訪ね泊まらせてもらい
挙句には友達もしっかり連れて行った。
日本に帰る時にも空港まで車で送ってくれたのは他ならぬFumiさんだったのだ。

そして実は日本に戻った私、Fumiさんの甥と会ってみることになっていて(笑)
ま、結果今に至るわけだし全然何にも進展しなかったんだけどね?。
その後日本に戻ってきたIshiさん&Fumiさんのお宅にお邪魔したりしたのだが
今はすっかりご無沙汰している。薄情過ぎる、私。今とても反省中・・・。

と、思い出話になってしまったけど、その日今は既にCollegeに通うBiancaとTiffanyを
迎えに来たKarenの車に同乗して再びCastlecliffへ。
8年の月日を経てすっかりティーンエイジャーとなっていた2人の女の子に少々緊張気味の私。
べったりと私にくっついてきていたTiffanyはもう私のことは全然覚えていない。
2人の女の子達にとっては既に私は新しい人のようだったけど楽しいひと時だった。
何よりBiancaはCollegeを卒業とかでもうボールの話ばかり。謝恩会?
何を着てく?そして何より誰と行く?!
ああ、もうそんな年頃なのね、と1人感慨深い私なのだった。

ちなみに写真の猫ちゃんはKarenのお家にいるティンカーベル。
私がいたころは子猫だったのに貫禄充分になっていた(笑)
確実に年月は流れているのである。

My Dear Wanganui

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さてと、じゃあ登りましょうかね。
と見上げてみると、ひぇ?っ!!やっぱり高い!
でもこの中の螺旋階段をひたすら登る。
だって天下を取らなきゃでしょ?

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はぁ?。着いた!!
上はこんな感じに帽子付き。しかし空は青い!

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ワンガヌイのセンターはこんな感じ。
手前にさりげな?く見えているのはエレベーターの入口ね。

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こっちは海の方面。川より右側に私が訪れたCastlecliffの町がある。

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そしてこちらが私の大好きな景色。
ワンガヌイリバーのくねりが何とも言えずいい。
あの先をどんどん登っていくとマオリの集落に出会える。
以前Anneに車で連れて行ってもらった。
途中、学校でマオリ語のクラスを受け持っていたAniの実家でお茶を飲んだっけ。

上からの景色は堪能したしそろそろ降りようか。

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少し位置を下げて丘の上から見るのもまたなかなか。

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静かな川面は水鏡。

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花も空も美しい。

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とんとんとんっと帰りは自分の足で。
来てよかった?♪なんて鼻歌を歌いながら。

上を目指せ!

さて、それでは町外れの丘にあるあのタワーに登ってみるとしますか。
あのタワーに登るためにはまずはタワーのある丘に登らなければならない。
車だとすいすいすい?っと登れちゃう程度の丘だけど徒歩となると覚悟がいる。
そんな時の強い味方、それがこのエレベーター。
まるで江の島のエスカだ(笑)

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右はそのエレベーターの看板。
そして左に半分見えているのがその入口。
これはマオリのマラエ(集会場)のような門構え。

パワーのある方は張り切って階段を登って行きましょう!
ちなみに登ったこともある。
但し当時身体が重くなりすぎていた私、遊びに来ていた妹に
バッグを持たせた上に背中を押してもらって
ぜぇぜぇ言いながら登ったのだった・・・。あはは(^^;)

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今回はこの階段を横目でチラ見し、そのままマラエもどきの入口へ。
数十メートルでトンネルの入口に辿り着く。
左側に施された彫刻もマオリのもの。

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入口を入ると、真っ白な長?い廊下。
これ誰もいないとかなり怖い・・・。
遥か先に見えてもいないがエレベーターがあるはず。

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おお、あったあった。
何だ、このオモチャみたいな空間は?
エレベータは左横の赤い扉の方です。

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奥に"RING BELL"って書いてあるの読める?
要するにベルを押さないとエレベータは降りてこないのだ。
ってことはつまりこれ手動なわけ。
いえ、ベルと連動して自動で降りてくるんじゃないのよ。
待つことしばし、下りて来たエレベータにはまだ10代くらいの女の子が1人。
そうそう、エレベーターガールよ(笑)

ま、ニコリともせず旧式のエレベータを動かすだけなんだけど。
もちろん、「上へ参ります。」の独特なアナウンスもなし(笑)

たいしてなさそうな距離をのんびりと時間をかけてようやく頂上へ。
その出口がここ。

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何というか、ほんとオモチャみたいよね。
ちなみに基本は上にいるらしい、このエレベータ。
その気持ちはわかる。下で待ってるのは相当気が滅入るけど
この上で人が来るのを待てるならエレベータガールのバイトも悪くない。

さて、そんでもって目指すはあのタワー!
青空に映えて見事でしょう?

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予定外に長くなっちゃったのでタワーの上からの眺めは次回の記事で。
毎度小出しでゴメン(笑)

Wanganuiってこんな町

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Wanganuiってこんな町。
Anneの家からのんびりと歩いてタウンセンターに戻り
懐かしい町をキョロキョロしながら歩いてみた。
基本的には変わらない。
流れる空気ものんびりとした時間も。

もちろん川の向こうにあるタワーにも登ったのだけど
そこから見る景色はまた次回の記事で。
今回の記事は写真達に雄弁に語ってもらうことにして私は少々ズルをしちゃおう。
この町の雰囲気を貴方なりに感じ取ってくれたなら光栄です。

8年の時が繋がった。

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Anneの仕事が終わるのを昔のように待っていた私、その間にどうしようか考えていた。何をかって私はYHに既にこの先2泊の予約を入れ支払も済ませていたのだった。Anneは1人暮らしで気軽に2泊いてもいいわよ、と言ってくれていたけど最終日の朝バスに乗る予定だったのでバス乗り場に近いところにいたほうが便利だしなぁ、でも・・・。なんて色々考えていたわけ。Anneはいつも押し付けがましくなくてこの時もうちは2泊してもらっても構わないけどOgarinの都合のいいようにしてねと言ってくれていた。(ちなみにOgarinとは呼ばれていない、念のため。笑)

そう、私はこのAnneが大好きなのだった。その時期の滞在で私は4つのホストファミリーにお世話になった。(正確に1週間滞在とか入れるともっと増えるのだが) 残念なことにあまりにもうまく行かなかった最初のおうちを除きどの家もとても楽しく滞在したのだがその中で子供のいない家はAnneの家だけだった。実際には最初は20歳くらいの息子さんが一緒だったんだけどね。1週間くらいで就職か何かで家を出たのでそれ以降はAnneと2人っきり。バランスがよかったのはそのAnneの娘さんNikiが結婚して近所に住んでおりそこに1才になる女の子Katjaがいて時々そこを訪ねたりKatjaを預かったりしていたこと。新しくAnneが引っ越した先はその娘さん家族の住む場所のすぐ隣。そこの土地をAnneが購入して家を建てたのだそうだ。

スコットランドからの移民であるAnneは英語もちょっぴりスコティッシュ。ほんの少しだけ癖のあるその英語がなんだか好きだった。そして料理がとてもうまかった。それまでのお家でももちろん美味しいものを食べてはいたけどやっぱりNZの家庭料理。ほぼ毎日お肉と付け合せのポテトと野菜のパターンは変わらなかった。だがAnneはさささっと必ず一手間かけたものを創ってくれてその上プディング(デザート一般をさす)も本当に美味しかった。最初は手伝おうとしていたのだが却って邪魔だと気付き途中から料理には手を出さず片付けを一緒にやるパターンが定着したのだった。考えてみればAnneって日本人ぽかったのかも。Anneの家にステイするようになるまで既に半年以上NZで過ごしていた私、元々の性格と相俟ってほとんどのことが気にならなくなっていたのだ。何しろAnneがお皿にラップをかけて冷蔵庫に食べ物をしまっていただけでなんてきちんとした人!と本気で驚いたのだから(笑) いや、私はちゃんとラップかけてますよ・・・。

でも私がAnneがとても好きな理由はそこにあるわけではない。Anneの気遣いはとてもさりげないのだ。一見然程愛想がよいタイプではなく第一印象は怖そう?だった。NZ人はフレンドリーな人が多く最初からウェルカムッ!!!という雰囲気を醸し出す人が多い。それはもちろん素敵なことなのだがそれが時として表面だけだったりもする。Anneはその反対のタイプ。ふだんから感情を然程表にはせず淡々としていて、だけどその時に必要なことを察知して気が付けばこちらが負担にならない形で用意してくれる。口ばかりになる人が決して少なくない中で本当にありがたい存在だった。そしてふだん大げさな表現などしない彼女だけに最後に別れる時にハグして言ってくれた"I'm going to miss you."は本当に心に響いたのだった。

さて考えた末せっかくのお誘いを受けることに。但し最終日はYHにいたほうが都合がよいということでYHをキャンセルせず大きな荷物は置いたままこの日だけAnneのお家にお世話になることにした。その際のAnneの段取りもね、私的には完璧なわけ。Anneの車に乗り込んだ私、荷物を取ってくるためにYHまで贈ってもらうことに。そこで降ろしてくれてだいたいどのくらい掛かりそう?と聞き、じゃあ何時何分にここでもう一回集合ね、と無駄なく決断。そしてその時間までには必要な買物なども済ませているという動きのよさ。どうしよっか?どうしよっか?と遠慮しあってモタモタすることがないのだ。多分このリズムが私と合っているのだ。

私は荷物を準備しAnneは買物を済ませいよいよAnneの新しい家へ。元々のお家に比べ随分と立派な大きな家でここに1人なんだから大きすぎたのよと笑ったAnne。この町でやることがあるならここにまた住みたいと本気で思った(笑) さて食事の前にひとまずのんびりタイム。ワインを開けてくれちょっとしたつまみを前に何となくお喋り。当時の話や今の自分達の話もしたけど何故か普通の世間話も沢山(笑) 前日まで突然来てしまったことが不安だったのが嘘のように8年の月日は一気に繋がってしまった。他に家族がいなかったから元々話はよくしていたけどこんなに話したことあったっけ?ってくらい話したかも。それにしてもほとんど変わらないわねと言った後、ああでもひとつだけ、英語がうまくなった、と言ってくれた。これは私の中では相当な誉め言葉。Anne曰く以前はもっと途中で考えながら話してたけど今はもっと自然、と。お世辞など言わないAnneの言葉だっただけに本当に嬉しかった。

そんなこんな、弾丸のように2人で話し続けているとそこにピンポーン!と。となんとお隣からNikiがやってきた!(しかもタマゴを借りに、笑) で私の顔を見て彼女もまた「あ??!!」と。覚えていてくれたのがこれまた本当に嬉しくてそしてKatjaもいるから、とご挨拶にNikiのお家へ。そこには既に8歳になったKatjaと5歳の弟が。当時まだお喋りもしない赤ちゃんだったのに背がすらっと伸びて(下手すると私と変わらないかも・・・)、髪も女の子らしく2つに結んで、ただ瞳だけは当時と同じ蒼くてくるくると動いていて。なんだか色んなことに感動してしまった。実はNikiは私よりずっとずっと若くて、でも当時からとても落ち着いていて大人っぽくて何となく近寄りがたかった。Anneが時間がないときなどに私をバス停まで乗せて行ってくれたりして話す機会はあったと思うのだけどあまり話した記憶がない。Anneに似てとても親切だけどやっぱり感情を露にする人ではなく向こうからがんがんと話してくるタイプでもなかったから。でも今回再会してみて今だったらもっと話が出来てよい友達になれただろうと思った。多分これは私の成長。長いオーストラリア旅行で出来た友達の存在が私に自信をくれていたのかも知れない。余談だがこのNikiのご主人はNZで自転車のオリンピック代表だった人。学校にも自転車を持って話をしに来てくれていた。今は引退して消防団をやっているらしい。きっと今なら彼とももっと話をできたんだろうなぁ。まぁ当初は遠征ばかりであまり家にいなかったから会った回数も少なかったんだけど。

と、そんな風に夜は更け夜私のベッドとなったのが写真。話が長すぎて写真が随分遠くなってしまったが(笑) ベッドは違ったけど鏡台は以前私が使っていたものでとても懐かしい気分。今ここにいられることに本当に感謝して眠りについたのだった。

ちなみに翌日。Anneが学校に出る時間はかなり早いのだがそれに合わせて出るつもりだった私に好きな時間までいていいからと。それはあまりにも申し訳ないと思ったけど結局またお言葉に甘えAnneにお礼とお別れの挨拶をして玄関から送り出し(何故に私が送り出すんだか、笑) そして支度をしてお家を出たのだ。本当に感謝。この前会ったのは8年も前で次にいつ会えるかもわからないけど一生、いや生涯を超えてもこの人とは縁が続くんだろうななどとと思いながらYHまでのんびり歩いたのだった。

本当はKarenのお家に遊びに行った話も書くつもりだったけどちょっと長くなりすぎたのでそちらは次回に。全くの独り善がり、ここまで読んでくれてありがとう(^^)

タイムマシーンに乗ってみた。

以前、短期間ではあったけど暮らしていたことのある町、Wanganui。当時私は町外れのとある小学校で「日本の文化を教える」というボランティアをしていた。ボランティアをしているという意識は私にはなかったけれどね。でも名ばかりとは言え先生をしつつも収入がなかったわけで詰まるところそれはボランティアだったなぁと今振り返るわけなのだ。受け入れてくれた学校としては教育実習生を受け入れるくらいの気持ちでいたのかも。

この町で活動をしたのは3ヶ月。ここに来る前にも別の場所で半年間同じ活動をしていたのだが2校目のこちらでの受入れ体制はもっと積極的だった。そもそも日本の学校と違って教育カリキュラムが曖昧なNZの学校。1年を通して大体の目標はあるだろうが基本的な授業の内容などは各担任に任されている。教科書もなく給食もなく掃除の時間もなく体操着もない。初めてその様子を目の当たりにした時にはかなりのカルチャーショックを受けた。最初の学校では先生達が「この時間にうちのクラスの子達6人くらいをあなたのところに送るわね」と言ってきたのには本気で驚いたのだ。その時私の頭をよぎったのは「その間の授業の遅れをその子たちはどうやって取り戻すの?!」ということ。ところが次第にわかってきた。そんな風に授業は詰込み式には進まないのだ。今日は教科書の何ページから何ページまでやります!式の授業方法ではないのだった。確かにこうやって授業を行っていれば何かについてじっくり考えたり自分の意見を言ったりする方面が伸びていくはずだ。日本の教育も私が子供の頃とは変わっているのだろうがそれでも知識を増やすという方針はおそらく変わっていないだろう。どちらが正しいかとは一概に言えないが自分の意見を言うのが苦手なのは日本人の性質というだけではなくやはり教育にも関係があるのだと改めて思わされた。

ともあれそんな風にもう1つの学校では各先生方の個々のやり方で受け入れてもらっていた私だったが、ここの学校では多少やり方が異なっていた。授業の進め方は基本的に同じ。但しこの時期私を受け入れてくれるということで学校自体でその学期のカリキュラムに「日本」というテーマを入れてくれていたのだ。これはそれまでの半年間生徒達とは充分に触れ合ったものの先生達にはほぼ野放し扱いにされていた私には新鮮な状態。ここでは各先生達が授業に私を呼んでくれてその場で求められる内容の話をしたり教室の全員と触れ合える機会が増えたのだ。もちろんこちらから提案してやらせてもらうこともあったけど。そして何よりいい経験になったのが、日本について教えるという役割のない時にでも私をスタッフの1人として扱ってくれたこと。例えば先生達が数人ずつグループを見る場合も他のスタッフと同じように私に子供達を割り振ってくれたし本を読み聞かせるような時でも普通に私に任せてくれた。私のような外国人にもそういう教育の場?を任せてもらえるの?と最初はびっくりしたが子供達は素直。こういうところNever Mind!のNZ式だけど私にはとても嬉しいことだった。

さて、今回誰にも連絡をせずいきなりこの町を訪れた私、Anneの家に電話することも出来たのだけど実は電話がとっても苦手な臆病者なのだ。これは英語でに限らず日本語でも(笑) とにかくこの際ぶっつけで行っちゃえ!と。個人の家に行くのは留守の場合ダメージが大きいので学校に行ってしまうことにした。その学校の先生であったAnneが車で乗せて行ってくれていたので散歩のつもりで1時間近く歩いたことはあったにせよ、公共の乗物で自力で向かったことはなかったためひとまずバスでの行き方を探すためにインフォメーションセンターへ。そこで懐かしい学校のある地域、Castlecliffへのバスを確認しいざ!懐かしのAranui Schoolへ!

バスのドライバーさんにAranui Schoolへ行きたいと告げバスの乗り込む。何となく見覚えがある景色を眺めつつバスはCastlecliffへ。バス停で学校への行き方を教えてくれたバスドライバーさんにお礼を言い学校を目指す。

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あ、あった!ここここ!門も変わっていない!

とここまで辿り着いたのだけど・・・。いやいや私ってば実はとっても小心者なのだ。何だか不安でたまらないわけです、あなた誰ですか?って顔をされたらどうしよう。知っている顔がなかったらどんな風に自己紹介をしよう・・・。しかも辿り着いた時間が昼休み終了直前。休み時間が終わると外でクラス毎に並びそれから教室に入るのはこっちの学校では常。ちょうどその最中で今出て行ったら知っている子がいないとは言え絶対に皆落ち着いて並ばなくなる・・・。日本でも変わらないかも知れないけどNZの子達も随分とやんちゃで元気だからね?。

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と言うことでしばしの間こちらからは中の様子が見えるけど向こうからはこちらが見えない場所を探し待機。(←これって不審者入ってるわね・・・。)とにかくもう少しだけ待つ。そして全員が校内に入ったところでドキドキしながら正面玄関へ。とそこで集まってちょっと相談か何かしていた数人に遭遇。パッと目があったその人が「あ???!!!」と。いや実際にはあ?!じゃなかったけど(笑) そう、そこで最初に会ったのがAnneだったのだ!それにその感じってちゃんと私を覚えていてくれてる・・・。うるうる。

そしてちょうどそこにいた校長先生のShawnや他の先生にも再会。私のことを記憶に残していくれている先生が思いの外多くて感動。名前まで覚えているかは怪しげだったけど(笑) Anneは今どこに泊まってるの?と聞いてくれ、家にいらっしゃいと。そしてAnneの家の前に1ヶ月ほどステイしていたお家のKarenも夜ご飯食べに来てと誘いに来てくれた。予想以上の展開に本気で幸せ感倍増♪

とにかく授業が始まっていたのでAnneが終わるまで待つことにした。ちなみに授業が始まっていても先生達が比較的呑気に教室外にいるのもNZ的(笑)

さて懐かしい外の景色。私が通っていた2つの学校とも校庭は美しい芝生でこんなところで勉強したらのびのび育つな?と思う学校だった。特にこのAranui Schoolは校庭のその先は牧場!この日もこんな風にすぐそこに馬が草を食むのを眺められた。

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馬の方に近寄って振り返る。とそこに見えるのは校舎。空も緑も学校もすごく健康的でしょう?!これだけで違った人生になりそうよね。

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午後の授業は通常3:00PMに終了。でもAnneはその後ミーティングがあったり授業の準備があったりであがるのは4:00PMくらいのことが多かったので授業中のAnneにちょっと近くを散歩してくると伝え懐かしいビーチに出てみることにした。

まずは何かオヤツと飲みものでも買おうと近くのデイリーストアへ。何だか可愛いよね?。遠くに見えるのが海です。

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とんとんとんっと階段を下りてしばらく行くとWanganuiのビーチ。大好きなワンガヌイリバーが注ぎ込むビーチだ。このビーチのすぐ近く(すなわち学校のすぐ近く)に住むKarenに「ビーチの近くでいいね」と言ったら「でも真っ黒な砂浜で美しくないわよ。」と言われたことを思い出した。私はこの黒い砂が輝くのも美しいと思っていたものだけど。ね?どう思う?

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こちらの海も少々荒れ模様だったようでちょっと波も高め。寒かったこともあり近くの公園を通り学校に戻ることに。

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海の近くということもあり公園の遊具もこんな感じ。ちなみに学校がある時間のせいか子供ところか誰もいず(笑) ということで1人で遊んでみました。

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どうしようか悩んだけど思い切って来て見てよかった!青空を眺めつつつくづくそう思った私なのだった。

大好きな町に再会した!

フェリーが北島に到着した後、とりあえず寝場所を確保のためにウェリントンの街を横切って数日後に予約を入れていたYHへ向かってみた。既にインターネットからカードで支払はしていたので1日をこの日の宿泊と替えたいと伝えてみる。融通なんて大抵利くものでこの時も問題なくOK。但しこの時点で開いていたベッドはたった1つだった。しかも男女MIXドミトリー。(今やこんなことでビビる私ではないから問題なし 笑) それにしても通常そんなに満室にはならないでしょ?!と思っていたら何とこの日ウェリントンのラグビー場でオーストラリアVSNZの試合をやるんだったのね。道理でフェリーでも皆盛上がってると思った!!ってことは私ギリギリでベッド空いててラッキーだったぁ。

とそんなわけで予定外に早めにウェリントンの街と再会した私だけどひとまずウェリントンの話は後に置いておいて、ここは次の目的地Wanganui(ワンガヌイ)の話からスタートしたい。翌日の朝一夜を明かすためだけに降り立ったウェリントンを後にしインターシティバスでワンガヌイへ向かった。ワンガヌイは北島の西海岸ちょうど真ん中辺りにある町。マオリの文化が色濃く残りここへ流れ着くワンガヌイ川を上っていくと独特の雰囲気を味わえる。その川で撮影された映画『River Queen』がちょうど去年公開され私も観に行った。

1998年の4月?7月にかけてほんの短い間ではあったけれど私はこの町の小さな小学校でボランティアをしていた。暮らしていた町とお世話になった人々に会いたくて今回のNZ滞在の最後の旅先にここを選んだのだ。とは言え結局誰にも連絡をせずに来てしまったため正直不安。ホームステイしていた家も私が出てすぐに引越しをして元の場所にはない。住所は知っているけどそこまでどう行けばいい?

そんなことを思いつつひとまず予約していたYHへ向かう。考えてみれば住んでいたこの町だからYHの利用は初めて。バスを降りてから地図を頼りにYHへ向かうが思いの外遠いぞ・・・。でもその途中懐かしいメインストリートを通る。そうだった、この町小さいけれど何故かここのメインストリートが好きだった。

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街は何だかミニチュアみたいな可愛さでこの写真ではあまり見られないけど季節ごとに美しい花で飾られる。そう言えば翌年のカレンダーを買って帰ったっけ・・・。

ともあれ町外れの川沿いに建つ可愛らしいYHに到着。ドミトリーで予約していたけれどどうやら部屋は私一人。そして部屋に鍵もないアットホームなYH(笑)外部から入るにはキーコードを使ってでこちらも鍵なし。

さてせっかくだから暗くなる前に少々街を探検しましょうか。食料も仕入れなきゃいけないし。と向かったのはよくホストマザーのAnneと利用したスーパー。でもここまで来て懐かしいAnneの家に行く坂道を見つけた。そうAnneの家は街から見ると高台にあって街から帰るのは毎回体力を使ったのだった(笑) さて既にAnneは街の別のエリアに引っ越しているのは知っていたけど家を探してみようとしばしうろうろ。だけど、ああ!忘れている!さすがに8年も前の記憶は衰えてしまうのか??とりあえず諦めて街を見渡せる高台へ。

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これは街の地図。真ん中を流れるのがワンガヌイリバー。とうとうと流れるこの川が本当に大好きだった。水は決して澄んでいるわけではなくでもそれが何か歴史と共に流れているように感じてね。

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そしてその周りには国内国外の都市までに距離が彫られている。東京までは5700Km。やっぱり遠いなぁ。でもロンドンまでの半分の距離なのね。知らなかった。

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で、見える景色はこちら。なんてことのない街の風景だけどとても懐かしい。正面に立つのは街の反対側にある丘の上にあるドゥリー・ヒル・タワー。ここにも何度か上った。ここからの景色は本当に素敵でそれも私の中でワンガヌイを特別なものにしているひとつの理由だと思う。その景色はまた別の記事でご紹介する予定。この日はこの後スーパーにより買い物そしてYHに戻りこの先の2日間をどう過ごすか計画を練りつつも使い放題のキッチンやリビングを満喫したのだった。と、今回は多分に独り善がりの回顧録となりました(笑)

旅の始まりはこんな感じ。

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突然始まるのだ。2006年NZ最後の旅行記。2週間ルームメイトだったLilyちゃんがクライストチャーチを発ったその日の午後雹の攻撃に怯むこともなく(嘘、本当はかなり怯んだ・・・)私はバスに飛び乗った。午後3時くらいにシティセンターを出発したこともあり、またお天気も悪かったこともありバスに乗ってすぐにもう辺りは真っ暗。向かっていたのは北島への玄関口である港町Picton。最初の旅でA-KIAちゃんの運転で訪れた場所だ。

今回の滞在では何度かオークランドを訪ねたけれど実は毎回空を飛んでいた。というのもクライストチャーチからオークランドを目指すとなるとバスやフェリーを乗り継いでいたのでは1日では着かないからだ。でもその前のNZ滞在では北島の南島への玄関口ウェリントンに住んでいたので両島間の移動には必ずフェリーを利用していた。当時は必ず朝出発していたのでピクトンに泊まったことはなかったのだが今回はピクトンに泊まり翌朝のフェリーの乗ることにしていた。

バスは一旦懐かしのカイコウラで休憩をとりそこから一気にピクトンへ。ピクトンではそれぞれが泊まる場所まで乗せて行ってくれた。私は例に漏れずYHに滞在。出発も早いのでとりあえずベッドがあればよい。部屋は4人部屋だったがその夜はもうひとりと私だけ。ご夫婦で来ているという私より年配のNZ女性だったので静かな夜となった。

翌朝、インターネットで予約済みの8時半のフェリーに乗るためにまだ明け切っていない時間に用意をし、そしてバイバイと出て行こうとすると「8時半で本当に間違いない?」と同室の女性。「予約したから間違いないと思うけど?」と言うと「ならいいけど、私の持っている時刻表だとその時間なかったから・・・。変わったのかも知れないわね」と。一抹の不安を覚えつつもひとまずフェリーターミナルへ。それにしてもこの朝の気温はそれまでで最高に低かった。比較的温暖なピクトンで朝とは言え草花に落ちる霜を発見。吐く息はひたすら白く空気を吸い込むと喉がスースーする。

で、ターミナルに入りカウンターへ。「8時半で予約をしてるんだけど。」と言ってみる。いや、勘のいい皆様はもうお気づきでしょう・・・。っていうか勘が悪くても気付けよ、私、ってくらいなんだけど。以前夜の便を朝の便と勘違いしてフライトチケットをネットで購入していた私・・・。またもややっちゃいました・・・。あんなに考えて考えて気をつけて気をつけてポチっと送信したのに・・・。私が購入していたチケットは「ウェリントン→ピクトン」のものだったのよ(泣) でもカウンターのお兄さん「ピクトン発は10:00だけどそっちに替えてあげるよ」と。あ、ありがたや?。フェリーやバス、フライトもそうだけど早割りっていうのがやっぱりあって限られた数で早く購入すれば安いっていう枠がある。私はその枠で一番安いものを買っていたのでその分の差額のみを支払い何とか乗るべき便に乗れることになったのだ。

しかーし世の中そんなに甘くない。前日は既に述べた通り雹も降るような怪しいお天気。実は海はかなり大荒れだったらしい。そのために私が間違って予約していた8:30ウェリントン発のフェリーが遅れていたのね。海の回復待ちだったわけ。ということでどっちみち出発は12:00になるということに。薄暗い中宿を出た私って一体・・・。ってそんなことより考えに考えて練ったNZ最後の旅プラン、その場でバタバタするのが嫌で移動手段と宿は先に予約を済ませていたのだけどここでフェリーが遅れると乗る予定だったバスに乗り継げない!そうなると泊まる1泊分キャンセルしなきゃならない!ってどんどんずれ込んで結局バタバタしないためにした予約のせいでバタバタすることになってしまった・・・。やっぱり行き当たりばったりがいいのかも?

ということでピクトンにてあり余った時間を使ってまずはカフェ(笑) 歩く予定のなかったピクトンのメインストリートにて落ち着くためにカフェを探す。まだ朝も早くて人もほとんどいない中開いていてくれたありがたいカフェで計画を再考。というか移動手段の代替案を確認しに行く予定だったインフォメーションセンターもまだ開いていなかったからね?。お茶でもしている以外なかったんだけど。で、インフォメーションが開くと同時に飛び込んで目的地であるWanganuiへの他のバスはないかを確認。綺麗な英語で答えてくれていた東洋系のお姉さん、しばらくして「日本の方ですか?」と。ああ日本の方なんですね。ワーホリではなく既にそのインフォメーションセンターで正式に働いているのだそう。とにかくその人に色々聞いたのだけど結局代替手段はなし。予定していたインターシティのバスはキャンセルが2時間前までなので思い切ってキャンセルしてしまうことにした。いいさ、ウェリントンに泊まればいいだけのこと。

そんなこんなで最初から予定通りには行かず、でもこれが旅の醍醐味でしょう。(楽観的♪) そうこうしている内に外はすっかり明るくなってきた。しかもこの青空!前日のお天気が嘘のようでこの時点で心は晴々(笑)

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思いもかけず長居をしたピクトンに別れを告げていよいよ北島へ。

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このフェリーはサウンドの中をずーっと進んで行くので景色は最高。
運がよければイルカにも出会える。

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こんな空だもの。何とかなるでしょ(笑)

最後の旅 in NZ

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またまたご無沙汰してしまいました。
10日間ほど最後の力を振り絞って(?!)北島を旅してまいりました。

ほぼ2週間ルームメイトだったLilyちゃんがクライストチャーチを発つ日に合わせて
私もバスに乗りました。(もちろん前日は飲んだわけなんですが・・・。)
その日は何と朝から雨模様。
愚図ついた日の多かったクライストチャーチでしたが
その日は晴れそうな天気予報だったのに・・・。
結果、雹ですよ!降ったのは!
真剣に寒かった?。

そんなスタートに反して旅の間は天気、気温ともに穏やかな日が続き
心も穏やかに(^^)
実は今回の旅、以前NZで暮らした場所を訪ねる旅だったのです。
8年以上経っている土地を訪れるのは楽しみでもあり不安でもあり・・・。
結果、色々なことを考えたわけなのですが詳細は追々。
・・・と旅行記が溜まる一方です(笑)

ちなみに暖かかった北島からクライストチャーチに戻ったのは日も暮れた6時半。
いや、やっぱり寒いですね、クライストチャーチ。
それでもエイボン川のほとりにはこんな風景。
これ出発前に撮ったものです。
春は多分もうそこまで来ているのだわ。

キャベツの味なのだ

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NZ王道の旅のお話もお終いです。
NZと言えば!というのを地で行くツアーとなりましたが
お天気にも恵まれ、ほとんどの場所を何度も訪れている私でさえ
テンションあがりまくりの大盛上がりツアーとなりましたクラッカー

もうひとつ、途中でサマータイム終了というイベントもあり
季節の変わり目も感じることの出来る旅でした。
っていうより、サマータイム終了以来日がめっきり短くなって
一気に冬が来た気分が続いているのですよ。
その前だったのもよかったかも。

今回、私のリクエストに答えて日本より何種類もの焼菓子(+α)を
抱えてきてくれた熊猫ちゃん、どうもありがとう。笑い

ちなみに写真はNZのネイティブトゥリーであるキャベッジトゥリー。
NZではあちこちに見られるこの木、かなりお気に入りです。
何でもNZに来てこの葉っぱを食べてみた人が
キャベツの味がした、と言ったことからこの名がついたのだとか。

前回NZに着いて間もない時にホームステイ先のホストマザーが
遠くにあるこの木を指して
「あれがキャベッジトゥリーよ。」と教えてくれたのだけど、
その時私は隣に見えていたこんもりとキャベツのような
丸い形をした木のことだと思い込みました。
それから長いこと私はその木をキャベッジトゥリーだと思い込んでいたのでした(^^;)
というオチを付けつつ、この旅日記は終了です。

次はどこの旅でしょうかね?♪

王道の旅のお宿編

今回の旅の宿。テカポ湖とマウントクックは1泊ということもあり、YHのドミトリーに宿泊しました。ツインの部屋を希望したけど既に埋まっていたので・・・。って何となく自分の旅の勢いでYHを選んでしまったけど熊猫ちゃんにはご苦労をかけたかも?
実際、テカポは4人部屋に3人でかなりラクだったけどマウントクックは8人部屋にびっしり!しかも部屋に戻った8時半ごろには既に寝ている人がいて電気が消えていて、朝も起きた7時には寝ている人がいて電気が消えていて、とひさびさにマグライトを使いましたよ。何だか懐かしい感じのYH暮らし(笑)

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そんな私達ですがクィーンズタウンではB&Bを予約していました。センターから5分ほどの場所にある"The Stable"。年配のご夫婦のやっているアットホームなB&B。ゲストは私達だけで部屋の中にバスルームはなかったものの、すぐ近くのシャワーはプライベートUSE。
着いたらお茶をいれてくれ、奥さんの作ったクッキーをご馳走になりました(^^)
ミルフォードサウンドツアーは朝早い出発だったので簡易的な朝食になるだろう、と思っていたらいつもどおりの朝食の準備を朝早くからしてくれました。私達はこの日は頼まなかったけど頼めばクックドミールも作ってくれるようでした。
そして1日目ついた途端に洗濯機を貸してもらった私達(どうやらご自宅用と同じもの)、夜干したまま寝て翌日1日ツアーから戻ってきてから取り込もうと思っていたら、取り込んでいただいてました(^^;) ホームステイのように暖かく迎えてくれた素敵なB&Bです。

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こちらはダニーデンのホテル"The Brothers Boutique Hotel"。こちらもセンターから5分ほどの場所にあるのですが、これがまぁ丘の上なのです。確かに初日は荷物があるにも関わらずよくわからないまま却って辛い坂道を自ら登ってしまった私達なのですが、いずれにしてもとにかく上。下段の左の写真が全体像ですけど、これホテルの前の道から写してます。あそこまで登るわけ、毎日(笑)そのかわり見える景色はなかなか。そして宿の犬、バロックも人懐こくてかなりポイント高し。

ちなみにこちらの無料ガイドブックで探して問い合わせたこの宿、古くからの建物をつい数年前ホテルに改築したかなり新しい宿です。そのせいか、何と日本人は初めてだったとか!(オーストラリアで生まれ育った日本人、という方が一度来たそうですが) なんてことない話だけど何だか嬉しくなった単純な私です。

宿のおじさんもとても親切で、ツアー申込などもできるのでお薦めの宿です。ただし坂の上(笑)

オタゴ半島番外編

ニュージーランド・ファーシールのつぶらな瞳にノックアウトされた後、
私達は最後の力を振り絞って牧場をひたすら上へ上へと登って行く。
途中「まさかあの先まだ更に続くんだよね」
「うわぁ、それって今一番知りたくないことだ」などと
ツアーの仲間達と話しながら、それでもひたすら上へ上へ。

そう考えると羊はたいしたもんだ。
ここを行ったり来たりするわけだからねぇ。
ただ草を食べて呑気にしているだけじゃないのだね、君達は。

とまぁ、そんな感じでこのツアーは幕を下ろすわけなのだが
その終盤で見たその空があまりにも美しく、
息を切らしながら、シャッターも切った。

では暮れ行くオタゴ半島をご堪能ください。

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鳥が飛んでいるのが何とも絵になる。

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雲に奥行きがあって空の広さを強調する。

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あれはさっきペンギンを見た海岸。
もうすっかり闇の中。

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バラ色の夕焼けってこういうのを言うんだろうなぁ。

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沈みゆく瞬間は金色の光を散らして。

オタゴ半島満喫中

オタゴ半島ワイルドライフツアー、続いています。

ペンギンの真横を通って登りきった坂。
その頃には傾き始めた陽射し。なんて美しさ!
これ「ロードオブザリング」じゃない??!
次は私が撮りたい「ロードオブザリング4」(←ありません)と本気で思うくらい最高の景色。

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そんな陽射しを背中に受けて我々は羊の中をひたすら下る。
「羊の中」なのはここが牧場だから。
NZは牧場内を歩ける場所が結構あり、羊さんとご対面はある意味日常茶飯事(笑)
NZに遊びに来る友人に「何が見たい?」と聞くと
「羊!」という回答が大抵あるのだけど、羊はわざわざ見なくても見れます。
1週間もいれば最後の方は羊なんていて当然くらいのものになるのだ。
さすが人より羊が多い国!

てなわけでこんな共存状態。

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目的地はあの崖の下。

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ここはニュージーランド・ファーシールの生息地。
暗くなってきていてあまりというか全然見えないけど
ここにうじゃうじゃとニュージーランド・ファーシールがいるのだ。

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微笑ましいのはここが子供を育てる場所だということ。
幼稚園のように、とガイドさんは説明してくれたが
親が海へ食料を集めに行っている間、ここで子供達は集まって過ごす。
見ていると本当に幼い子供達がふざけ合っている感じがよくわかる。
皆で高いところに登る練習をしていたり見ていて本当に飽きない。
そして既に母親が帰ってきている子はおっぱいを飲んでたりして。

そんなニュージーランドファーシールをひたすら双眼鏡で見つめていた私達。
なにやらかなり入り込んでいると思った熊猫ちゃんの満身のショットがこちら。
かなり倍率をあげて撮っているものだからよく様子が見える。
このつぶらな瞳。絶対熊猫ちゃんを見てたよね?

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ちなみに乗ってきたバンはこちら。

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いやはや、もう何から何まで満喫な楽しいツアーだった。
オタゴ半島に行く予定のある方、絶対これはお薦め!
スコティッシュ建築は逃してもこれは逃すな!(笑)
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